日記

どこにでもいる人の、ありふれた日記です。

独白

私の部屋はアパートの1階にあって、ベランダ部分には大きな窓がついている。その窓は道路に面しているので、人や車の通りをよく見ることができた。朝、同居人が仕事に出かけてからは特にすることもないので、私は毎朝、その窓からそっと外を眺めて、行きたくもないであろう会社に向かう人たちの顔を眺めているのだった。その口は皆ぎゅっと固く結ばれていて、その目はしっかりとこれから向かうであろう行先を見つめていたので、その姿はまるで戦場に行くようであった。対して私は仕事なんてしていないので、暖かい室内でゆっくりとそんな人たちを見ていると、まるで自分が神様か仏様にでもなったような気持ちだった。

そんなことをしていて少し経った頃、私は、その群れの中に気になる人を見つけた。その人は、本当に社会人かと思うくらい寝ぐせだらけの髪で、たぶんアイロンもかけていないのであろう、シワシワの作業着を着ていた。近所に工場がいくつかあるので、そこで働いている人らしかった。周りと比べてもひときわ目立つ姿勢の悪さで(私も人のこと言えないけれど)、なんとなく顔を見ていると、足は会社へ向かっているのに、今にも反対の方向へ走り出してしまいそうな感じだった。ああ、この人、本当に会社に行きたくないんだなと思うと、毎朝私は、その人を見て、心の中で応援するようになった。あんまり意味ないとはわかっていたけれど、何となく、急にふらっといなくなってしまいそうな、そんな気がしたので。

ある日、びっくりすることが起きた。なんと、その人は同じアパートに住んでいるらしくて、その人の部屋に間違えて配達された郵便物を届けに私の部屋に来た。私は人と話すのがあまり得意ではなかったので、ちょうど在宅していた同居人に対応してもらっていたけれど、しっかり耳をそばだてて会話を聞いていた。声は思ったよりさわやかな感じで、よく通っていた。きっとインターネットで顔を出さないで配信とかしたら、何人か女の子のファンがつくと思った(もうすでにそういうことやってるかもしれないけれど)。まあ、いつも通り頭は寝ぐせでばくはつしているし、服だって色あせたジャージだったので、きっと彼女なんてものはいないはず。だから、私の気持ちがいつもと少し違っていたのも、きっとその人の顔もよく見えない部屋の奥で、無駄に良い声だけを聞いていたからだったはず。

同じアパートに住んでいると分かってからは、同居人と行き帰りがたまに一緒になるらしかった、ドアの向こうで挨拶をしているのが聞こえたりした。私はめったに外に出ないので直接会うことはなかったけれど、毎朝外を眺めていると目の前を通っていくので、相変わらずの寝ぐせは見ることができた。一つ知ったらすべてを知りたくなるようで、今まで窓越しに見ていたときには思いもしなかったんだけれど、声を聞いてからというものの、名前は何だろうとか、どんな仕事をしているんだろうとか、そういうことが気になって仕方なかった。この気持ちに名前なんてつけたくなかったけれど、きっと何千年も前から発見されていて、すり切れるほど使い古されてきたものだとはわかっていた。ただ、その一言で終わらせたくないほど、私は、誰にも分からないような、私だけのものにしたかった。

それから何週間かして、その人にもう一度直接会うことに成功した。それは偶然ではなく、同居人がわざわざその人を部屋に招き入れたからだった。私はその時、その人の笑った顔を初めて見た。笑うと、意外とかわいくて、幼くなるんだなと思った。けれども私はむしろ、それとは全くかけ離れた気分でいた。好きな人が笑っているのに悲しくなる時というのは、その笑顔が、私ではない他の人に向けられているものであって、私では、そんな顔をさせられないことが分かっている時なんだなと思った。

(ミャーコ、雌、3歳)